しか先輩のブログ

「正しい人の口は知恵を実らせる。しかし、ねじれた舌は抜かれる」

満員電車の中にブロッコリーが落ちてたらどうしますか?

この前、(ぎゅうぎゅう詰めではないけれどそこそこ満員の)電車に乗っていたら、緑の塊が落ちていた。それがなんと、透明の袋に入っていたブロッコリー…!

 

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誰かのスーパーの袋から落ちてしまったのだろうか?そもそも食料品って、自転車とかバスとか車か、徒歩で買いに行くイメージを勝手に持っていた。だって、そうじゃない?スーパーって電車に乗っていくようなところではないから、例えば都心に服とかの買い物に出かけてデパ地下で買ったのだろうか?

 

まあ、いずれにせよ、なぜかブロッコリーが落ちていた。次の駅までなんとなく見ていたけど、なんか私はブロッコリーをめぐる人々の動きに耐えられなくなってしまった。ドアのすぐ近くで人が出入りするから、転がされまくる。それで、周りの人はブロッコリーにちょっと目をやって10センチくらい離れるのだ。スマホをいじりながら。

 

それが一人ではなく、みんな似たような行動をとる。電車の中のドアに近い人々がみんな自分のスマホを眺めているのは全然珍しい光景ではない。けど、ブロッコリーを意識しながら微妙にそれには足が当たらないようにして、体を動かして避ける。そうだよね、みんなブロッコリー事件には関わりたくないよね。

 

自分は関わりたくない、漂う空気に逆らいたくない、処理するのは自分ではない…。自分の嫌な側面の鏡を見ているような気がして耐えられなくなってしまった。

 

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どうするんだろう、皆このままブロッコリーほったらかしにして家に帰るのかな。家に帰ったらブロッコリーのことなんて忘れるよね、そうだよね。ブロッコリーはずっと転がったまま、終点まで行くのかな。みんなブロッコリーを気にしながらも、スマホ見続けるよね…。

 

とかいろいろ考えながら周囲の人を見ていると、私はものすごい同調圧力に耐えられず、次の駅でそのブロッコリーを拾ってそのまま電車から逃げるようにして降りた。

 

あの時どんな目で見られていたかは知らないけど、みんなブロッコリーなくなって安心してたんじゃないかな。

 

駅員に渡したら笑われるかと思ったけど、改札口の担当者は淡々としていた。

「これ、電車に落ちてたんですけど、、忘れ物扱いできますかね…」

「あー、いずれにせよ廃棄になりますね」

 

電車の中に落ちていたものだから、危険物の可能性もあるのだろう。

慎重に扱わなくてはいけないのかもしれない。

 

「すいません、それじゃあ処分お願いできますか」

「はい、わかりました」

 

なんか正直そのとき私もブロッコリー事件から解放されたような気になった。電車の中の人と所詮一緒なんだな、心持ちは。

 

持ち主は、家に帰って気づいたのかな。鉄道会社に電話したのかな。

ブロッコリーは、料理されたか?そのまま破棄されたか?

 

自分がどうしようもない人間に思えてきて、

誰に謝っていいか分からないんだけど謝りたいですごめんなさい。

 

満員電車の中にブロッコリーが落ちてたらどうすればいいんでしょうか?

 

映画『スペシャリスト』(1999)のえぐさ

映画『スペシャリスト―自覚なき殺戮者』(1999)は、エルサレム下院内にあるメインホールで1961年に行われたアイヒマン裁判の記録映像を2時間に縮め、特殊加工を施した作品である。当時のイスラエル政府は、ナチス・ドイツの高級官僚としてユダヤ人絶滅計画に携わったとして、アルゼンチンでアイヒマンを逮捕し裁判所で裁かれる様子を映像化した。その目的は、アイヒマンナチスの行った虐殺行為の残忍さを世界に知らしめることにあった。

 しかし、イスラエル政府の意図とは真逆に、本作品はユダヤ人自らの罪を浮き彫りにしてしまう作品となった。というのも、物静かで几帳面な様相のアイヒマンの繰り返し述べられる「私はただ命令に従っただけだ」という言葉は観客化された「傍聴人」のユダヤ人らにそのまま反射される様子を映しているからである。ランズマン監督の長編映画ショアー』(1985)を参照軸に置くことによって、本作品がどのようにユダヤ人の「罪」を浮かび上がらせているのかを検証したい。

 

 まず、映画全体を通して異様なまでに強調されるのは、被告人席の防弾ガラスに映った傍聴人たちの姿である。これは、オリジナル映像にはなかったもので、監督らがフィルムを再構成する際に重ね焼きされたものだという。また、映画の視聴者は傍聴人の反応や罵声などを繰り返し聞かされる。これも、当初のフィルムにはなかったものである。

 

映画作成にあたって、もともと”The voice of Israel ”という番組のために録音された高性能テープをオリジナル映像に充てて再生する、という加工が施されたのだ。この音声加工により、オリジナルの映像ではほとんど聞こえない聴衆の声を鮮明によみがえられることに成功した。これら特殊加工によって、監督が恣意的に取り出して扱おうとしているのが「傍聴人」であり、「聴衆」であり、「観客」であるユダヤ人の姿だ。

 

彼らにカメラを直接向けることなく、私たち視聴者が「反射的に」彼らの姿を見、声を聴かされる、という演出からは、正面ではアイヒマンの罪を描きながらもそれに反射するようにして同時にユダヤ人の「罪」を暗示していることがわかる。

 

 ここで強調されるユダヤ人の「罪」とは何なのか。映画のインスピレーションにもなったアーレントエルサレムアイヒマン』にも書かれるユダヤ人評議会のことが関係している。評議会のメンバーは同じユダヤ人でありながら、ゲットー管理や強制収容所への移送管理をしたことで、自ら絶滅の共謀者となったというアーレントの指摘は映画内でも一切取りこぼすことなく描かれる。それは、元中央委員会メンバーの証人をして「私たちには逃げるしかなった。命令に従うしかなかった」とアイヒマンの主張と全く同じ言葉を言わしめ、アイヒマンのそれに対比する描写に顕著である。

 

 ただ、この映画で取り扱っているユダヤ人の「罪」は、評議会の問題にとどまらず収容所で労務班として働き生還した人々、さらに現在を生きるユダヤ人全てにも向けられているのではないかと思う。

 

労務班として働いた人々の証言は、長編映画ショアー』に収められている。とりわけ、理髪師でホロコースト生還者のアブラハム・ボンバの証言は『スペシャリスト』でのアイヒマンを考える上で示唆的だ。トレブリンカ強制収容所内でガス室に送られる人々の髪を切る任務にあたっていたアブラハムは、監督ランズマンの質問に対し次のように当時のことを証言する。

 

ボンバ:ある種の仕事のために床屋を呼び出せ、という命令が、ドイツ兵から出されました。どんな仕事のために必要なのか、その時はわからなかったのですが、できるだけ大勢の床屋が集まったんです。(中略)1人のカットに、2分ほどかけましたが、それ以上は無理でした。髪を切ってもらう順番を待つ女性が、大勢いたもんですからね。

ランズマン:その時の借り方を真似してもらえます?どんなふうにしていたんですか?

ボンバ:そうですね……。できるだけ手早く、というのがコツです。われわれは、みんな、プロでしたからね。(中略)一秒だって、無駄にできないんですから。同じことをしてもらうため、外にはもう、次の集団が待っています。

 

一方で、『スペシャリスト』でアイヒマンが自分の任務を説明する場面は以下のようだ。

ハウスナー(検事):その強制移住の機構の中であなたはスペシャリストと評価されていた

アイヒマン:ええ、移住は大変複雑な問題ですから、事態を把握しない成果は望めません。ユダヤ人も―

(中略)

ハウスナー:総責任者としてのあなたを評価し、スペシャリストだと。具体的には何のことですか?

アイヒマン:ええ、私が移住の現場の実際の経験で身に着けた実務能力のことです。移住はとても複雑な領域です。さまざまな国の移住に関する法律や申告すべき財産の額や旅券など複雑な事務的事柄を暗記していました。その意味で私はスペシャリストでした。

 

両者の表象から見えてくるのは、どちらとも上からの命令にしたがって任務をこなすしかなかった「職業人」の姿だ。アイヒマンの場合は自らをスペシャリストといい、ボンバはプロと言う。アイヒマンは淡々と話し、ボンバは時に感情的になりながら語る。表情や語り方は正反対なのにも関わらず、両者が語る内容は酷似している。

 

裁判記録の映像に過ぎなかったフィルムに『スペシャリスト』という題名を与えた監督のシヴァンとブローマンは、この『ショアー』でのボンバの描写を意識したように思えてならない。監督らは、ボンバの証言に重ねられうるアイヒマンの言葉を意図的に選んだのである。そうすることによって、命令に従って自分の仕事をする他逃げ道はなかったユダヤ人の「罪」が「アイヒマンの罪」と対比させて赤裸々にする効果を狙ったのだ。

 

アイヒマンの罪」というフィルターを通して映画『スペシャリスト』が映すのは一貫してユダヤ人の「罪」だ。劇場化された裁判所で、被告人の防弾ガラス越しに「観客」としての立ち位置に安住する人々、命令に従って任務を行うことしかできなかった人々こそこの映画の主役といえる。『スペシャリスト』のえぐさはここにある。

 

参考:

エイアル・シヴァン/監督、ロニー・ブローマン&エイアル・シヴァン/脚本 DVD『スペシャリスト―自覚なき殺戮者』(1999) ※本編および解説部分

クロード・ランズマン、高橋武智/訳『SHOAH』(1995) 作品社

ハンナ・アーレント、大久保和郎/訳『エルサレムアイヒマン―悪の陳腐さについての報告』(2017) みすず書房

 

 

 

目取真俊『眼の奥の森』の暴力性

 

眼の奥の森

眼の奥の森

 

米軍に占領された沖縄の小さな島で、事件は起こった。
少年は独り復讐に立ち上がる――
悲しみ・憎悪・羞恥・罪悪感……
戦争で刻まれた記憶が、60年の時を超えて交錯し、せめぎあい、響きあう。
読む者の魂を深く揺さぶる連作小説。(Amazonより) 

 

目取真俊の小説「眼の奥の森」では、筆者はさまざまな手法を用いて、ある観点からみれば過激な、暴力的な描写を試みている。「コザ希望」にいてもそうだが沖縄の米兵に対する怒りを複数の視点から、全体像を浮かび上がらせる形で描いている。

 

多様な視点の中に、人称を使い分け、ウチナーグチによる盛治の独白を含ませながら、一つの事件をなまなまと描く。目取真がこの作品の中で直接扱っているのは、米兵に対する怒りであり憤りだ。

 

しかし、それは米兵に対する抵抗であると同時に、本土の私たちへ向けた怒りであるとも読み取れる。盛治が米兵に向けた銛はヤマトの人間に向けられたものなのかもしれない。

盛治が銛を持って米兵に向かっていった一部始終を目撃しているフミは、現代において盛治が隠れていた洞窟の前でこう話す。

小夜子姉さんがアメリカー達に乱暴されても部落の男達は何もしーきれなかった。アメリカー達がいない前では叩き殺してやると言っていても、アメリカー達が来ると、叩き殺すどころか何も言い切れもしないで、あの輩達に言われるままに盛治を捕まえるといって山狩りの手伝いまでやっていた。あの時代は抵抗したら殺されたんだから、仕方がないと言えばそれまでだけどね、だけど私は、棒きれを持って部落の男他あちと一緒に盛に向かう父親を見て、イヤでイヤでたまらなかったさ。父親だけでなく村の男達みんながイヤでイヤでたまらなかった。(本文82ページより)

 

これは現代のヤマトの人々へ向けられたメッセージとも読み取ることができる。それは現在、多くの米軍基地を沖縄に押し付けているという事実だけではなく、本土の人々が沖縄の人々に歴史的に強いてきた行いとも密接に関連している。

それは1879年、明治政府が琉球藩を廃止し、首里城明け渡しを強行したことに端を発する。琉球をめぐる日清間の領土問題が未解決であったこともあり、琉球王国を「沖縄県」として強制的に日本の領土に組み込んでいったのである。

明治政府は「化外の民」といわれた異質な琉球を日本化するため、徹底した皇民化政策を実施した。「日の丸」、「御真影」、「教育勅語」を用い、皇室国体に関する観念が比較的希薄な沖縄に対し、明治政府や沖縄県庁は徹底した皇民化政策を推し進めた。日本政府にとって「軍事思想に乏しく軍人と為らずを好ま」ない沖縄県民の県民性を、忠君愛国の「忠良なる臣民」に変えることが急務となった。

 

皇民化教育の過程で行われたものの一つに方言撲滅がある。方言を使った生徒に対し方言札を吊るさせる、ということが教育現場で起こり、その運動の行き着くところは沖縄戦の時、第32軍が「沖縄語を使うものはスパイとして処分する」と軍命令を出すことに向かっていく。

こうした徹底した皇帝化政策による「死の教育」、投降することを絶対に許さない日本軍の作戦が沖縄の人々に、集団死を強制したことは言うまでもない。さらに、終戦後も続く米軍支配と度重なる暴行事件。

 

沖縄の近代史は、本土による抑圧の歴史である。それは、琉球処分から始まり、今現在の米軍基地を押し付ける姿勢にいたるまで何も変わっていない。このことに対する沖縄の人々の叫びが作品中に描写されている。

 

先に引用したフミの発言はこれに通ずるものがある。盛治が一人で米兵に抵抗したのに対し、他の部落の人々は強姦事件があっても何も出来ず、米兵を恐れ影では「叩き殺す」といっておいて何もできない。

 

この構図は、現在の日本と同じだ。基地を抱えた沖縄県だけが一人で米軍支配に抵抗する一方、本土の人間はアメリカとの交渉のカードのやり取りに必死、アメリカに従うだけで、結局はこの大国を前にして大きく踏み出すことができない。結局はアメリカの存在、アメリカの機嫌を伺いながらの交渉で本土の人々はなすすべも模索しようとしない。

この小説に描かれる暴力、怒り、憤りは直接的にはアメリカに向けられている。しかし、その奥には抑圧の歴史を繰り返す本土の人々、または自らへ向けられたものと考えられる。

本土の人々は抑圧の加害者なのにもかかわらず、無関心という罪をまたその上に背負い、何不自由なく、米軍基地とほぼ無縁の生活を生きている。そして毎日、天気の良い日に浜辺で海を見る盛治に向けられる島の人々の視線は冷たい。

 

近寄りがたく、子供にもそこへ行かせない。本土の人々にとって沖縄は明るい太陽とあたたかな気候、蒼い海の島々であっても、戦争の問題には触れたくない。目取真はそんな私たちに向けて、現在も続く少女暴行の問題を生々しく突きつける。

 

二章目で、区長の聞き取り調査が行われる場面が登場するがこの部分の形式は二人称となっている。これは、米兵に協力した区長と読者とを同一化することによって読者側が罪を背負っていることを象徴する手法であると考えられる。ここでは、二人称を使って逃れようとしても逃れられない罪と、そして戒めに読者は追い込まれる。

 

実際、私は二章では「お前」と称される人物が誰なのかわからず、固有名詞として捉えて自分に突きつけられたものから必死に避けようとした。「お前」が紛れもなく私自身のことを指す、とわかったのはもう一度読み返してからである。

 

目取真はこの作品において、暴力的な描写を試みている。私たちは、これが道徳的に反するというのとは別の次元でこの描写を見なくてはならない。単にこの描写に反対することは、自らに対する戒めから逃れようとしていることになるからだ。

この作品を通して、読者は『眼の奥の「銛」』を突きつけられた以上、新たな圧力を帯びながら生きてゆかねばならない。しかし、沖縄の人々はそのただなか、いやそれ以上の圧力を帯びながら生き続けてきたのである。

 

参考文献

目取真俊「眼の奥の森」影書房、2009

・「歩く・見る・考える沖縄」沖縄時事出版、2008

・井谷泰彦「沖縄の方言札」ボーダーインク、2006

Facebookの誕生日通知をオフにしたら、当日ちょっと嬉しいことがあった話

Faceboookを使い始めて、はや8年。

きっかけはニュージーランド人の子がクラスに留学にやってきて、つながったときだったかな。

日本に波が来る前にこっそりアカウント作ってやってみてた高校生時代。(そのころはmixi全盛期でFacebookなんて誰も見向きもしない時代だった…)

 

それから毎年誕生日には、こんな私なんかにでもメッセージ書いてくれる人がいるもので、それらを返信して夜が終わる。そんな誕生日でした。

私自身もそれで人の誕生日を知ることが多かったから、ほかの人の誕生日通知がきたら「前にお世話になったし、お祝いしようかなー」くらいに思ってメッセージ送ってたんです。

 

でも最近ちょっと考え始めて、なんかそれでFacebookから教えてもらって機械的にお祝いするのって、、ちょっとどうなのかなぁと思いはじめました。

Facebookから他人の誕生日教えてもらうのって、ありがたみがないというか、、、あたたかさがないというか、、相手のこと考えてるよっていうちょっとした気配りややさしさの筋肉を衰えさせているような気がしてしまってました。もちろん、メッセージくれるだけでもとても嬉しい。けどFBに教えてもらって反応する関係性以上のものが、友達と、上司と、家族と築けたらすばらしいなと思いませんかね…?

 

それで、覚えきれない誰か友達の誕生日を聞いたらメモするとか、っていうことをやりはじめました。筋力低下を防ぐためにね…!

 

なので自分自身の誕生日通知も今年初めてオフに。

誰か覚えててくれる人がいるものだろうか・・・?

っていうか、当日は当分わくわくするでもなくまあふつうに過ごすんですがね。

 

と、その日一日大学6年生としてふつうに授業に出て、卒論書かなきゃなと思ってたところでした。(6年目なので知り合いは限られる)

そしたら、偶然大学院の先輩にばったり会い、祝ってくれました・・・!!嬉しい!

次に、高校時代の友達から「大恐慌始まった日だよね、おめでとう」、と笑 史実とともに伝えておくのは効果ありですねw

 

とFBの通知なくても2人覚えててくれた~~~

嬉し~~~~

 

ここでいいたいのは、多いだろうという自慢でも、少ないだろうという自虐でもありません。

 

生で覚えててくれる誕生日のお祝いって、もらうと超うれしいですよ!

 

おすすめ!!

 

いじょう!

「優秀な若者ほど自民党支持者多い」社会はかなしい

 

「売り手市場が続いてほしい」——20代が希望の党より自民党を支持する理由 | BUSINESS INSIDER JAPAN

「優秀な若者ほど自民党支持者多い」っていうのはもっともだし、とてもわかるんだけど、さみしい。

 

おそらく今どの野党も政権をとれる状態にはないと思う。財政、金融、エネルギー政策など多様な分野に詳しい人がいるのは自民党だけ。海外の要人とパイプがあるのもほとんど自民党議員だろうし。

 

だから、国家公務員の方だって分野によっては、多分野党からの質問って「どうしてこんなこと必要なのかなぁ、この質問って的得てないし必要ないんじゃないか」ていう感じなのではないか?

もっともだ。

「目の黒いうちは民主党にだけは絶対入れない」と誓った若者が2017年の選挙を語る - かくいう私も青二才でね

 

何事をやるにしても、まずプレイヤーにならないと本気でやる意味がない、といわれる。政治家になりたいのなら、自民党を選ばないと意味がないし、国際協力分野であの国の開発を支援したい!と思うのなら、外務省に入らないと意味ない。

社民党で戦っても自分の力では何もできないことを悟るだけだし、小さなNGOで現場で草の根国際協力してもただただ権力を前に批判するだけ、になってしまうからね。うん。たしかに、そうなんです。

 

だから、「頭のいい」若い子たちは自民党に入るし、官僚になる。

でもどうしても思ってしまうのは、ロジカルで、頭脳明晰で、相手に寄れる人が非プレイヤー側にいけない社会ってどうなんだろうか・・・。

 

人口減少が進みに進む30年後、わたしたちはそういう社会で「最低限度の生活」で生きていけるのだろうか。そのとき私は53歳。

安倍晋三さんは93歳、菅直人さんは101歳、山尾志桜里さんは73歳、音喜多駿さんは65歳、小泉進次郎さんは66歳か。(ちなみにトランプさんも101歳。)

 

80歳まで働く人がほとんどの時代。

いま年金を収めてても、それ以下しかもらえない時代。

おそらく中国の国力がめちゃくちゃのびて、「頼れるアメリカ」なんていない時代。

 

このときのために、私たちはいま誰に何を求めればよいのだろうか。

こんな時代になるんだったら子供なんて生むんじゃなかった、子供がかわいそうすぎる、なんて思う50年後、100年後をむかえるなんてごめんだ。

そもそも坂本竜馬的なものを求めてしまう姿勢そのものが「何もしてないじゃないか!」と言われてしまうかもしれない。そしたら私は何をすれば正解なんだろうか?

 

賢い人ほど自民党に流れる社会の中でどういう選択をすれば、ちょっとはいい時代を迎えられるのか、考え続けねば。

 

100年時代の人生戦略

 少し前のことになりますが、去年話題になったLIFE SHIFTを読んでみました。

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

LIFE SHIFT(ライフ・シフト)

 

 某ニュースサイト風にざっくりいうと

・教育→仕事→引退 という人生の3ステージは崩壊する

・お金に換算できないもの(スキルと知識、仲間、変わろうとする心とか)がないと100年時代の恩恵を受けられなくなる

・長寿化時代には自己意識が根本から揺さぶられる

かな~。

一番そうだよな、と思ったもは「若々しさ」「子どもらしさ」が価値になる話。一般的に若い方が、思考に柔軟性があり適応力が高い。大人のように保守的なものの考え方が形づくられておらず、特定の行動パターンにも染まっていない。

 

以前までだったら、「変わらない」ことはマイナス要素には全くならず、むしろよい方向に向かっていたかもしれない。でも寿命が100年になる時代では、硬直性は本当にマイナスになり、若々しさの価値が高まるのだとか。今の50代、60代の人が70歳とかになる時は、50年前の70歳よりも見た目、心ともに若くなるかもしれない、、、。

 

やば。。。というのも、年を経るにつれて思考が凝り固まってしまってあ~保守化しているなぁ私。と思うことが最近増えたからです。いつまでも自分の心は若い、柔軟に生きる!!と思っていたのに、無意識のところで「いやいやいや、現実みろよ」って勝手にブレーキをかけるようになってしまっていました。

何かを考える時には、クレイジーに、子どものようにならないと。

そんなことも考えました。

 

 

 

就活に関して思うことをフレッシュな立場から考えてみた。

来年から都内で働く予定(就活終わったばかり)なので、就活やキャリア選択に関して思うことをフレッシュなうちに残しておこうと思います。

 

何度冷静になって考えても、日本の新卒採用活動ってちょっとおかしいなと思います。

まぁたくさんそういう風に思っている人は多いのだろうけれども、なぜか従属してしまういやらしさ。反抗しているはずなのに、あれ従属している…。

私は1年かけて【自分探し】(という名の就活と公務員試験勉強と大学院探し)をしたのですが、やっぱりいろんな選択肢を考えてみることは大事だなぁと思います。ちょっと時間かかるけど。

 

数ある選択肢が与えられている人は幸せです。それは私やあなたが超頑張ったからではなく、そういうものが「与えられている」から。

 

だからこそ、そういう人には積極的に将来の道を選ぶ責任があるのだと私は思います。

「他に可能性がなかったから」「みんながしているから」はもしかしたら、消極的なのかもしれません。

 

みんなが留学に行くから、みんなが就活してるから、みんなが大手にいくから、みんながベンチャーに行くから、みんなが起業してるから、みんなが院試の勉強してるから、みんながフリーランスの道を探っているから、みんなが公務員試験の勉強してるから、みんなが教採受けるから。

全部一緒です。

 

あなたにしかできないことがあるのに、ちょっともったいないかも。

 

人間は知っているものの仲からしか選べないのです。だから、いろ~んな世界を見て「マツコの知らない世界」のマツコのところに自分の名前を入れて、知らない世界を垣間見る時間って必要だと思うのです。

 

 

それで、居心地の良い温室からちょっとだけ足を踏み出してみる、そんな勇気がもしかしたら人生をとっても面白いものにするかも。そんな風に思っています。